小学一年生

私が高校1年になったとき、聞きなれた苗字の女の子が別のクラスに居ることを知り、
中学のクラスメートだった子に聞くと、小学1年の時の先生の子供だった。

私は、小学1年の時の先生に嫌われていたんじゃないかなと思う。

何個か思い出せるエピソードがある。

その先生は、鼻の横に大きな立体的なほくろがある先生だった。
あまりよく覚えていないけれど、何度か、ゴミだと思って取ろうとしたり、
どうしてそんなものが付いているのか聞いたりした記憶がある。
その時の先生の顔はすごく嫌そうだった。

絵日記を教室の壁に飾っていて、
お正月のことを書いた紙を貼った時。
私は「がになべをたべました」と書いた。
「言葉が間違っているから、直しなさい。」と先生に言われたけど
私は間違っているだなんてこれっぽっちも思っていない。
だっておばあちゃん、おじいちゃんたちが「がに」って言っていたから。
どう伝えたのかは忘れたけれど、私はずっと納得できなかった。
ちなみに「がに」は「かに」を訛って言っていただけだったんだけど。

もう一つは、将来の夢を書いた時。
「○○をしたいです。らくして〇〇です。」という風に書いたら、
「楽をするというのはどういうことか?」と怒られた記憶がある。
私は「楽」がしたいんじゃない。「略して~」という意味で使ったのだった。
なんで「略して~」という言葉が浮かんだのかというと、
当時「ごきげんよう」というテレビ番組をよく見ていて、そこで司会者が良くその言葉を使っていたからだ。
何か長ったらしいことを言った後に「略して~」と客席に投げかける。
短縮されていた言葉が分かりやすい感じだったし、それを私は使っただけだったんだけど。

図工の先生もその担任だったのだが
何かに出品する作品を作っていた時、私は紅葉をたくさん絵に書いた。
当時寒い時期だったから、教室の奥にあるストーブの前で画用紙を広げて座って書いていた。
そしたらある時、ストーブの上に合った花瓶が私のほうへ落ちてきた。
水がびしゃーっとかかってしまい。絵はぐちゃぐちゃ。
私はひどく泣いたし、怒りがこみあげていた。どうしよう。がんばったのに。
先生は私をなだめてそれから完成まで手伝ってくれた。
元々の私の作品はくっきりと線を太く書いた紅葉だったのに
水彩画の淡い感じ、曇りガラスから浮かび上がった紅葉になった。とても小学生が描いた作品という感じではなくなったし
完成度は誰よりも高くなってしまった。
当時の写真を見ると誇らしげにみんなの前で見せているんだけど
今思うと、それは私が作ったものではないから、歯がゆい気持ちになる。

小学6年生の人で好きだった人が居た。
小さいころから面食いだったのとおとなしい人が好みだった。
国語の授業か何かで、
各学年全員からふせんにその人のことをどう思うか?みたいものを寄せ書きみたいに書いてもらうという取り組みがあった。
私はその好きな人だけにはどうしても頼みに行けなかった。だから私がその人になりきって、ふせんに文字を書いたら
先生に「なんでちゃんと書いてもらっていないのか」と怒られた記憶。

私の中では葛藤があったし、出来なかったことにもすべて理由があった。
でもそれを伝えることは難しかったし、
ただルールに従わない子として嫌われていたような気がする。

少しずつ客観性がついて気付いてくるんだけど、小学一年生のときなんて
そんなこと考えてもいなかったし、悪気なんて何もない。
自分の理解できない感情で私を非難する大人の姿というのは、とても印象に残っている。

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  • HSPライター mana
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