人生のターニングポイント-たまちゃん②

たまちゃんと仲直りをしたあとの続きです。
ここでは上京するまでの話を書きたいと思います。

大学を卒業し、私は地元に就職しました。
頻度を減らした連絡も、その頃には一日30分程度通話するようになりました。

そして
大学を卒業して2ヶ月で離職した話に続きます。

#大学を卒業し、 就職した会社を2ヶ月で辞職した話


辞めよう、どうしようと悩んでいるときに
ひとつのアイディアが浮かんだのです

たまちゃんは、同じ歳でしたが、学年が一つ下でした。
たまちゃんは就職を東京で考えていたので

そうだ、来年私も上京しようと。

東京へ行ったらアルバイトでも派遣でも仕事は何でもあるし
たまちゃんとも一緒に居られるし、一人で上京するよりお金の面でも半分になるしで
良い逃げ道を見つけた気分でした。

そうして潔く会社を辞職し
家族には恋人が居るから来年には上京して仕事をすると言い、
(母親は大学を卒業したら
実家に帰ってきてほしいという思いが強かったため、やや衝突はしました。)
すぐさまアルバイトを探しました。アルバイトだから短時間でもいいや、
(長時間の立ち仕事は肉体的にも精神的にも負担なので)
私はコンビニのアルバイトを大学1年~4年の春頃までやっていました。
コンビニ のアルバイトだったら業務を知っているから気楽にやれるし、
地元の数少ないアルバイト先の中でも募集しているところがたくさんある仕事だったので
車で30分ほどの家から割と近いコンビニでアルバイトをすることにしました。

そして、そのアルバイトを7月から2月まで行い
その後上京をしました

アルバイトをしていたときは本当に気楽でした。
毎朝6:30-9:00まで勤務。長くて11:00まで
混雑時は避け、朝の静かな時間をアルバイトで費やし
雑誌や新聞を入れるときは少し読んだりしていました。
仕事が終わってもまだ時間があるので、
バイト先の隣にあった公共の施設で新聞を読んだり、読書をして
お昼くらいに家に帰っていました。
当時、父が癌で倒れて入院していたので、ほぼ毎日お見舞いに来ていた母と合流し外でお昼ご飯を食べて帰ったりしていました。
仕事の縛りが少なく、人間関係も希薄でストレスが少なく
読書して時間をつぶし、
でも来年には上京して新しい仕事をして生きていくという前向きな理由があること
すごく精神的に落ち着いた時だったと思います。

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  • HSPライター mana
  • ◆東京の東側在住で、趣味でライターをしています。

    ◆HSPでINFP型の社会に適応しにくいと言われるタイプ。いつも会社を辞めたがる。
    心のわだかまりや悩みを常に抱えていて、同じような苦しみを持った人も、そうでない人とも交流できたらなと思っています。

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